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大阪地方裁判所 平成11年(行ウ)54号 判決 2000年5月19日

主文

原告が日本国籍を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、韓国人である母の嫡出でない子として出生した原告が、日本人である父から認知を受けたことにより日本国籍を取得したと主張して、日本国籍を有することの確認を求めた事案である。

一  前提事実

1  争いのない事実等(証拠により認定した事実についてはかっこ内に掲記した。)

(一) AことBは、日本で出生した韓国国籍の特別永住者であるが、平成二年○月○日、日本人男性であるCと婚姻し、平成三年○月○日、両名の間で長女が出生した。

(二) Bは、平成七年一月ころから、Cと別居したが、そのころ、Cから、同人の署名捺印がある離婚届を交付されていた(甲二、七、原告法定代理人)。

(三) Bは、原告出生の前日である平成九年九月二五日、右離婚届を大阪市住吉区長宛提出し、受理された。

(四) Bは、平成七年五月ころ、Dと知り合い、その後Dとの情交関係を継続していたところ、Dとの間に原告を懐胎し、平成九年○月○日、原告を出産した(甲二、七、証人D、原告法定代理人)。これにより、原告は、戸籍の記載上、BとCの嫡出子であると推定されることとなった。

Bは、同年一〇月九日、大阪市都島区長宛に原告の出生届を提出した。

(五) 原告は、Cに対し、平成一〇年六月一五日、公示送達の方法により大阪地方裁判所に親子関係不存在確認の訴えを提起し、同年一〇月二〇日、原告とCとの間に親子関係が存在しないことの確認を認める判決が言い渡され、右判決は、同年一一月五日に確定した。

(六) Dは、平成一〇年一一月九日、大阪市浪速区長宛に原告の認知届を提出し、右届は同日受理された。

2  法令及びその解釈

(一) 国籍法二条一号は、子は、「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」には、日本国籍を取得する旨定めている。

(二) 最高裁判所平成九年一〇月一七日第二小法廷判決・民集五一巻九号三九二五頁(以下「本件最判」という。)は、国籍法二条一号について以下のように判示した。

「外国人である母が子を懐胎した場合において、母が未婚であるか、又はその子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されないときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知することができ、その届出がされれば、国籍法二条一号により、子は出生の時に日本国籍を取得するものと解される。これに対し、外国人である母が子を懐胎した場合において、その子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されるときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知しようとしても、その届出は認知の要件を欠く不適法なものとして受理されないから、胎児認知という方法によっては、子が生来的に日本国籍を取得することはできない。もっとも、この場合には、子の出生後に、右夫と子との間の親子関係の不存在が判決等によって確定されれば、父の認知の届出が受理されることになるが、同法三条の規定に照らせば、同法においては認知の遡及効は認められていないと解すべきであるから、出生後に認知がされたというだけでは、子の出生の時に父との間に法律上の親子関係が存在していたということはできず、認知された子が同法二条一号に当然に該当するということにはならない。」「右のように、戸籍の記載上嫡出の推定がされない場合には、胎児認知という手続を執ることにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちが開かれているのに、右推定がされる場合には、胎児認知という手続を適法に執ることができないため、子が生来的に日本国籍を取得するみちがないとすると、同じく外国人の母の嫡出でない子でありながら、戸籍の記載いかんにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちに著しい差があることになるが、このような著しい差違を生ずるような解釈をすることに合理性があるとはいい難い。したがって、できる限り右両者に同等のみちが開かれるように、同法二条一号の規定を合理的に解釈適用するのが相当である。」

「右の見地からすると、客観的にみて、戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合には、右胎児認知がされた場合に準じて、国籍法二条一号の適用を認め、子は生来的に日本国籍を取得すると解するのが相当である。そして、生来的な日本国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいことに照らせば、右の特段の事情があるというためには、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要すると解すべきである。」

二  主たる争点及びそれに関する当事

者の主張

1  主たる争点

原告の出生後に認知された本件において、国籍法二条一号の適用があるか、すなわち、本件最判にいう「戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合」といえるか。

2  原告の主張

(一) 本件最判は、右特段の事情の判断において、第一に、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られたこと、第二に、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要するとしている。

(二) 第一の点、すなわち原告出生後「遅滞なく」法的手続が執られたかであるが、親子関係不存在確認の相手方であるCの所在があらゆる所在確認の努力を尽くしたにもかかわらず不明であったこと、原告の法定代理人であるBが原告を出産した後しばらく健康を害し、自宅療養を余儀なくされ、具体的な法的手段が執れなかったこと、平成一〇年三月に弁護士に相談した後も、Cの所在確認のため時間を要し、結果として公示送達による訴訟を提起せざるを得なかったことなどの事情に鑑みれば、原告出生から八か月と二一日後に親子関係不存在確認の訴えが提起された本件においても、「遅滞なく」法的手続が執られたと判断し得る。

また、そもそも嫡出否認の出訴期間が民法上一年とされていることから、右「遅滞なく」の判断も右趣旨に適合的に解釈すべきである。さらに、同じ非嫡出子でありながら、戸籍上の父の所在が明らかな場合と所在不明の場合とで右「遅滞なく」の判断を画一的に決めるのは、非嫡出子間に国籍取得について差別的取り扱いを認めることになり、憲法一四条に違反する。

(三) 第二の点、すなわち「速やかに」認知の届出がされたかであるが、原告とCの親子関係不存在確認の裁判が確定したのが平成一〇年一一月五日であり、Dが認知届を提出したのが同月九日であるから、「速やかに」認知の届出がされたといえる。

(四) 以上より、本件は「戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合」ということができ、国籍法二条一号の適用があるというべきである。

2  被告の主張

(一) 本件最判の判示する「戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合」とは、真実の父が胎児認知の意思を有しているにもかかわらず、子が戸籍上母の夫の嫡出推定を受けるため、真実の父の認知届が不適法なものとして受理されず(法律上の障害)胎児認知することができない場合であることが当然の前提となっている。

しかしながら、本件では、以下の点からして、Dが原告を胎児認知することについて右法律上の障害はなかったし、そもそもDに胎児認知の意思はなかったというべきであるから、本件最判とは事案を異にし、右「特段の事情」がある場合とはいえない。

(1) 戸籍上の取り扱いについて

戸籍実務上、母の離婚後であれば、婚姻中の場合と異なり、子は出生前には嫡出推定を受ける出生子であるか否かが定まっていないことから、実の父からの胎児認知届出があった場合には適法に受理される取り扱いであり(大正七年三月二〇日付民第三六四号法務局長回答、昭和五七年一二月一八日付法務省民二第七六〇八号民事局長回答)、外国人女性が離婚後に出生した子については、離婚後、子が出生するまでの間に、日本人男性が胎児認知することができるとされており、本件においても、原告は原告の母の離婚後に出生しているのであるから、原告の母の離婚後にDから原告の胎児認知の届出がされていれば、同届出は適法に受理されていた。

したがって、Dによる適法な胎児認知が可能であるにもかかわらず胎児認知の届出がされなかった本件においては、胎児認知をすることに法律上の障害があったとはいえないし、そもそもDに原告を胎児認知する意思があったということはできない。

(2) 離婚届の提出可能時期について

Bは、Cとの間で、平成七年一月ころには離婚の合意が成立していたし、長女の親権問題も平成九年八月ころには合意が成立して解決していたのであるから、遅くとも平成九年八月ころにはCとの離婚届を提出できたはずであり、実際の提出がそれより約一か月も遅れる同年九月二五日になったことについて合理的な理由があったとはいえない。

Bが平成九年八月に右離婚届を提出していれば、前記のとおり、Dによる胎児認知届は原告出生まで適法に受理される取り扱いになっていた。

また、「特段の事情」の有無の前提となるのは、胎児認知をすることの客観的な障害の有無であるから、BやDにおいて胎児認知ができないと信じていたかどうかは関係がない。

したがって、本件においては、胎児認知をすることに法律上の障害があったとはいえない。

(3) 胎児認知に関するBの認識について

Bには、原告の出生前の時点において、原告の父を戸籍上の夫であるCではなくDとしなければならないとの認識はなかった。胎児認知については母の承諾が必要である(民法七八三条)から、そもそもBの右認識からして、Dが原告を胎児認知する余地はなかったというべきである。

(二) 仮に、本件が本件最判の事案と同様、法律上の障害によって実の父が原告を胎児認知することができない事案と解されるとしても、本件は本件最判の射程外である。

すなわち、本件最判は、「生来的な日本国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましい」ことに照らし、「右特段の事情があるというためには、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要すると解すべきである。」として、子の出生から三か月と三日後に母の夫と子との間の親子関係の不存在を確認するための手続が執られ、その不存在が確定してから一二日後に認知の届出がされた事案につき、右「特段の事情」があるものとして国籍法二条一号を適用して生来的に日本国籍の取得を認めたものである。しかし、本件においては、原告の母の夫と原告との間の親子関係の不存在を確認するための手続が執られたのは原告の出生から八か月と二一日後であり、仮にCの所在が不明でありその調査のための期間を要したとしても、本件最判の事案との対比において、「親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた」場合に該当するとは到底いえない。

第三当裁判所の判断

一  認知の遡及効を認めない国籍法においては(国籍法三条参照)、外国人の母の非嫡出子が生来的に日本国籍を取得するのは原則として胎児認知があった場合に限られるところ、戸籍上嫡出推定が及ぶ場合には胎児認知をなしえないから、戸籍の記載いかんによって生来的に日本国籍を取得するみちに著しい差違が生ずることになる。しかし、このような著しい差違を生ずるような解釈をすることに合理性があるとはいい難いから、外国人の母の非嫡出子による生来的な日本国籍の取得にできる限り同等のみちが開かれるよう、国籍法二条一号の規定を合理的に解釈適用すべきである。

かかる観点からすれば、外国人の母の非嫡出子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されるため、日本人である父による胎児認知の届出が不適法なものとして受理されない場合に、右推定がされなければ父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情があるときは、右胎児認知がされた場合に準じて、国籍法二条一号の適用を認め、子は生来的に日本国籍を取得すると解するのが相当である。

そして、生来的な日本国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいから、右特段の事情があるというためには、①戸籍の記載上嫡出推定がなされ胎児認知届が不適法なものとして受理されない場合に、②母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、③右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要すると解すべきである(最高裁判所平成九年一〇月一七日第二小法廷判決・民集五一巻九号三九二五頁(本件最判)参照)。

もっとも、右①ないし③の要件(以下「要件①ないし③」という。)を満たす場合であっても、右特段の事情があると認めることの妨げになる事情がある場合には、国籍法二条一号の適用は認められないものと解するのが相当である(本件最判も、事案を一般論に当てはめる際、「このように認めることの妨げになる事情はうかがわれない。」と判示して個別的な事情による判断の余地を示唆している。)。

以上の本件最判において示された法理(以下「本件最判の法理」という。)を前提として、以下本件事案につき検討する。

二1  まず、本件が要件①の戸籍の記載上嫡出推定がなされ胎児認知届が不適法なものとして受理されない場合(法律上の障害の存在)といえるかであるが、この点につき、被告は、戸籍実務上、母の離婚後であれば、婚姻中の場合と異なり、実の父からの胎児認知届出があった場合には適法に受理される取り扱いであり、本件においても、Bの離婚後にDから原告の胎児認知の届出がされていれば、同届出は適法に受理されていたと主張するので、本件のように外国人の母の離婚後三〇〇日以内に子が出生した場合、本件最判の法理を適用し得るか否かにつき検討する。

そもそも、本件最判の趣旨は、胎児認知を適法になしえない客観的な事情がある場合には、生後認知の場合であっても、認知に至る客観的な経緯からして胎児認知と同視し得る実質があるならば、生後認知を胎児認知と同視して国籍法二条一号の適用を例外的に認めたものであると解すべきであるところ、戸籍実務上は、被告が主張するように、母の離婚後であれば、胎児認知届は適法なものとして受理されるが(大正七年三月二〇日付民二第三六四号民事局長回答(乙一)、昭和五七年一二月一八日付法務省民二第七六〇八号民事局長回答(乙二))、それは、胎児認知の届出の時点では離婚後三〇〇日を経過しておらず、母の前夫の嫡出子との推定を受ける(民法七七二条二項)か否か定まっていないがゆえに右届出を不受理とすることができず、受理されるものにすぎないのである。しかしながら、右のように胎児認知の届出がいったん受理されたとしても、本件の場合のように、離婚後三〇〇日以内に子が出生すれば、これにより戸籍上母の前夫の嫡出子との推定が働くことになり、出生の時点で受理の要件を欠いていたことが明らかになったものとして、結局は受理を取り消され、不受理とされる命運をたどることになる筋合いのものであるから、母が前夫との婚姻中であるために戸籍上嫡出推定がなされ、届出の時点で胎児認知が不適法なものとして受理されない場合と比較しても、その法的状況に差異を見いだすことは困難といわざるを得ない。そして、父が、胎児認知を届け出ても不適法として受理されないと考えた場合と同様に、胎児認知を届け出ても子の出生の時点で不適法として受理を取り消されると考えて、まず認知の届出が適法に受理されるために手続を進め、その完了後速やかに認知の届出をするという方法を採った場合に、要件②③ の下に国籍法二条一号の適用を認めることも、同号の合理的な解釈として許されるものというべきであるから、本件の場合においても胎児認知を適法になしえない客観的事情がある場合に該当するものと認めるのが相当である。

2(一)  仮に、以上の点をさておき、母が離婚し、離婚後子の出生までの間に胎児認知を適法にすることができた以上、原則として胎児認知をなしえない客観的事情はなかったものとして、本件最判の法理を適用する余地がないと解するとしても、母の離婚と子の出生とが極めて近接した時期である場合にまで、胎児認知届を離婚届と同時又は直後に提出することができたとして、子の生来的な日本国籍取得のみちを失わせることは、子の出生後直ちに離婚届が提出された場合に比して著しい差異が生じ、必ずしも合理性があるとはいえず、本件最判の趣旨にも反する結果となりかねないから、子の出生前に母が離婚していた場合であっても、外国人の母の離婚届提出後、胎児認知のために必要な合理的期間を経過する前に子が出生した場合には、本件最判の法理を適用し得ると解すべきである。

これを本件についてみると、前記争いのない事実等のとおり、Bは、平成九年九月二五日、Cとの離婚届を提出し、その翌日の同月二六日、原告が出生しているのであるから、Dが胎児認知するために必要な合理的期間を経過する前に子が出生したものというべきであって、本件最判の法理を適用し得る場合であると認められる。

(二)  もっとも、この点に関し、被告は、Bは遅くとも平成九年八月にはCとの離婚届を提出し得たはずであり、そうしていれば胎児認知する十分な時間的余裕があったから、胎児認知し得ない法律上の障害はなく、本件最判の法理を適用することはできないと主張するところ、なるほど証拠(甲七、原告法定代理人)によれば、被告主張のとおり、BとCは別居した平成七年一月ころから離婚することについて合意していたが、長女の親権及び養育問題があったため離婚届を提出することができなかったところ、平成九年八月ころ、この問題について合意するに至り、離婚届を提出することに格別の障害はなくなったことが認められる。しかし、離婚というものが関係当事者にとって極めてデリケートな問題をはらむため、離婚の届出をするについての格別の障害がなくとも最終的に離婚の届出を決意するまで躊躇することは極めて自然なことであり、胎児認知をすべきであるから離婚届をもっと早い時期に提出すべきであったとするのは、離婚の当事者の感情を無視した見解であって、酷に失するというべきであるし、また、離婚届を提出することにより胎児認知が受理され得るという戸籍実務は一般的に知られているわけではなく、Bも同様であったと考えられるから、生後認知が胎児認知と実質的に同視し得るかという観点から検討されるべき特段の事情の判断において、離婚届が提出可能であったかどうかという事情はさほど重要視すべきことではない。したがって、離婚届が事実上、より早い時期に提出し得たはずであるということだけでは、原則として本件最判の法理を適用する妨げとはならないというべきである(もっとも、B及びDが、離婚後は胎児認知届が適法に受理され得ることを知りながら、あえて離婚届の提出時期を遅らせたような事情があれば別論であるが、本件の全証拠をもってしても、そのような事実を認めるべき証拠はない。)。

3  以上によると、本件は、要件①に関しても、本件最判の法理を適用しうる場合ということができる。

三1  次に、要件②の母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後「遅滞なく」執られたといえるかについて検討する。

そこで、まず、「遅滞なく」とはどの程度の期間をいうのかが問題となるが、この点については、民法上も嫡出推定が及ぶ場合、母の夫と子との親子関係不存在を確定するための法的手続は、母の夫による嫡出否認の訴えしかなく、その出訴期間は夫が子の出生を知った時から一年以内とされていることから、親子関係不存在を確定するための法的手続が子の出生から一年以内であれば、前記「遅滞なく」に該当するという見解もあり得ないではない。しかしながら、かかる法的手続を執ることの容易さは事案によって様々であるから、この「遅滞なく」ということを具体的数値をもって示すことは極めて困難というほかはなく、一年という期間は「遅滞なく」の判断において有力な基準とはなり得るものの、決定的な基準とはなしえず、最終的には、当該法的手続を執ることの困難性を考慮して、胎児認知がされた場合と同視し得る実質があるかどうかという観点から合理的に判断するほかない。

2  そこで本件についてみると、前記争いのない事実等に証拠(甲七、原告法定代理人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告とCとの親子関係不存在確認の訴えは、原告の出生から八か月と二一日後に提起されていること、Bは、原告を帝王切開により出産し、その際の出血がひどかったことから二週間ほど入院し、退院後も産後の肥立ちが悪く、健康を害したため、長期間にわたって自宅で療養していることが多かったが、平成一〇年三月ころに至り、弁護士に相談し、法的手続を執るためにCを探したものの所在不明であったため、その所在調査のために時間を費やしたこと、原告は、同年六月一五日、公示送達の方法によりCとの親子関係不存在確認の訴えを提起したこと、以上の事実が認められ、これらの事実を総合すれば、親子関係不存在確認の訴えを提起するまで九か月近くかかっているものの、長く続いたBの産後の体調不良やCの所在調査に時間を要したといった事情のもとでは、BがCを相手に法的手続を執るのが遅れたこともやむを得なかったものということができ、それでもなお一年を経過していないということも併せ考えると、本件では「遅滞なく」法的手続が執られたものと認めるのが相当である。

四  次に、要件③の親子関係の不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされたかであるが、前記争いのない事実等によれば、原告とCとの間の親子関係不存在確認が確定したのが平成一〇年一一月五日であり、Dが原告を認知したのが同月九日であるから、その間隔は四日に過ぎず、「速やかに」認知の届出がされたものと認められる。

五1  さらに、本件において、特段の事情があると認めることの妨げになる事情があるか、すなわち、原告に戸籍の記載上嫡出推定が及んでいなかったとしても、Dは胎児認知をしなかった、もしくは他の理由によりできなかったのではないかが問題となる。

証拠(甲六、七、原告法定代理人、証人D)及び弁論の全趣旨を総合すれば、Dは、原告の出生前、自分の名前の一文子を用いて原告の名前を考え、実際に命名したこと、原告出生後、原告のために養育費を支出していること、原告が出生する前、原告を認知することについて弁護士に相談していること、以上の事実が認められ、これらの事実からすれば、Dが原告の出生前から原告を認知する意思があったとする同人の供述は信用することができるというべきであって、原告に嫡出推定が及んでいなかったとしてもDは胎児認知をしなかったとは認め難い。

2  これに対し、被告は、DがBから原告の日本国籍取得について相談された際、自分の子として日本国籍を取得することを前提とした対応をしていないこと、Dが原告の出生後、Bと二、三か月の間連絡を取っておらず、また、親子関係不存在確認訴訟を提起するためのCの所在調査にも積極的に関与していないことなどの事情からして、Dが原告の出生前から出生後も継続して認知する意思を有していたことは疑わしいと主張する。しかし、当時、原告が日本国籍を生来的に取得するためには、Cの嫡出子としておく方法が最も容易であり、それ以外の方法は事実上極めて困難であったから(なお、本件最判が言い渡されたのは原告が出生した後である。)、このような方法を考えることは理解し得るところであり、これをもってDに認知意思がなかったと即断することはできないし、DとBの関係がしばらく冷えていたために連絡を取っていなかったことや、Dが原告の認知のために積極的に活動していないといった事情は、前記認定を左右するに足りないというべきである。

また、これ以外の事情、すなわち、Bが離婚届を提出してから原告が出生するまでにDが胎児認知をしていないこと、DはBからCとの離婚について詳しく話を聞いていないこと、原告とCの親子関係不存在確認訴訟が提起されるまで九か月近くかかっていることなど、その他本件記録から認められる全ての事情を考慮してもなお、嫡出推定されなくともDは胎児認知しなかったであろうということはできず、前記認定を覆すには足りない。

3  さらに、被告は、Bには原告の出生前の時点において、原告の父をCではなくDとしなければならないとの認識はなく、胎児認知には母の承諾が必要であるから、Dにはそもそも胎児認知する余地はなかったとも主張するが、前記認定のとおり、当時、原告が日本国籍を生来的に取得するためには、Cの嫡出子として届け出ておくことが最も容易であり、それ以外の方法は事実上極めて困難であったから、このような方法を考えることは理解し得るところであり、この点に関する被告の主張も理由がないことは明らかである。

六  結論

以上より、本件は、「戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合」ということができ、国籍法二条一号の適用があると解するのが相当である。

よって、原告の請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 徳地淳)

裁判官 石井寛明は転補につき署名押印することができない。

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